『マラドーナ』
![Maradona by Kusturica ( Maradona par Kusturica ) [ NON-USA FORMAT, PAL, Reg.2 Import - Italy ]](http://ecx.images-amazon.com/images/I/51EdilN-sTL._SL160_.jpg)
カンヌで上映されてこれって公開あるんだろうか?と時折思い出していた本作。原題にあるようにクストリッツァがみたマラドーナ的なドキュメンタリー。撮影には5年近くの歳月を要し、その間にも入院騒動やらなんやら起こしていたマラドーナ自身も今では代表監督だし。何が起こるかわからないもんです。
個人的にマラドーナはワールドユース大会の来日時からなんとなくおっかけていた人。のちに横浜の監督になるラモン・ディアスと一緒に写った写真が地元地方紙にも載ってたけどすごいすごいとあの頃からアルゼンチン代表の試合が放送されるたびにテレビで観てた。もちろんこの劇中何度も登場する「神の手」ゴールのW杯メキシコ大会もリアルタイム鑑賞。本当のことをいえばあのあとの5人抜きに大興奮して「神の手」のことはほとんど覚えてなかったんだけども。あのゴールは今こうやってみてもハンドは明らかだし、とりわけ騎士道のお国イングランドから非難囂々なのは当時からわかってたけど、映画できっぱり「ありゃマルビナスの報復」なんて言ってのけられるとやっぱりマラドーナってアホなんだろかと最初のうちは思ってしまう。でも意外と自分のポリシーがあって言動が頑として貫かれていることに気づいて、また意外と政治的にも動いてしまえるクレバーさも持ち合わせていることに軽く驚いた。すまん。
マラドーナ教の神前結婚やら(やっぱゴールインは手で決めなきゃーだめでしょ)洗礼場面にはひたすら笑い、そしてクストリッツァの家を訪ねる場面ではきょとんとした顔の町の人にめっちゃ笑顔を振る舞い、クラブでは自分の歌を熱唱し、街角のギターに耳を傾けるマラドーナの様子にも笑みがこぼれたけど、やっぱりやっぱマラドーナだって思ったのはクストリッツァとのボールの蹴り合いでみせた子どもみたいな笑顔。この人ってばやっぱり好きなんだなーって思った。クストリッツァの足さばきもたいしたもんだーとこれまた軽く驚いたのだけど。
そんなわけでクストリッツァ作品という面からはまったく観られなくってすみません。とはいっても基本的メインは人間マラドーナの姿を追ったドキュメンタリー。サッカー映画と思ってみるとちと違うと思うのでご注意を。
アンリのハンド? ちぃせえちいせぇ。ところで、弟のウーゴは元気なのかしら。
原題:Maradona by Kusturica 監督:エミール・クストリッツァ 2008年製作
@シアターN
『ダウト あるカトリック学校で』

ケネディ大統領の暗殺と公民権運動という世の中が変革に動いていた1960年代の半ば。世の中の風潮が及びつつある厳格なカトリック学校という閉ざされた空間の中で持ち上がった「疑念」が進歩的な神父と保守的な校長に激しい対立をもたらす。
つっかかってるのは伝統的な聖職者としての禁欲やら厳格な教義とか伝統なりの防波堤ならんとする校長のほうだけのようにみえるのが切ないところ。そこのところおそらくバックボーンをよくわからないとメリル・ストリープ扮する校長シスター・アロイシスは単に頭が堅すぎて理不尽なことばかりいっているように見える。でもDVDの特典映像の中のモデルになったというシスターたちのインタビューを聞いていると当時の新しい風潮に対して彼女たちがいかに戸惑い危機感を持っていたかといったことが語られていて、それを思うと校長の理不尽さをそれだけで割り切ってしまってはかわいそうになった。
若い神父がミサで話して聞かせた「疑念」について、なぜ彼はそんな話をして聞かせたんだろうというところから端を発して、おそらくは自身の中にも様々ないろいろな角度からの疑念がわき起こり、それがシスター・ジェイムズの報告をきっかけにほとんどそれが彼女を突き動かす原動力となってしまう。でも、結局最後の彼女の涙というのは、自身が確かな根拠もなく抱いてしまったやましい疑念から神父を追い出してしまった事実であったり、あえて白日の下にさらさなくてもよいことパンドラの箱のようなものをあけてしまった、自分も教会もまもるべき何か心を永遠に失ってしまったことを認めるかのような涙ではないのかしら。
もともとは登場人物4人(神父・校長・シスター・黒人生徒の母親)の舞台劇とのことで監督さんも舞台の脚本を手がけた方だそうですが、緊迫感にあふれたよい脚色に仕上がっていたと思います。4人それぞれの作品中の存在感がすばらしく、カメレオン役者の二人に加えて登場時間こそ少ないけれど黒人生徒の母親役のヴィオラ・デイヴィスや最後の最後で慈愛にあふれた場面を見せてくれるエイミー・アダムスもよかった。
@DVD鑑賞
TAG : アメリカ映画
『アパルーサの決闘』

ロバート・B・パーカーの原作小説をエド・ハリスが製作/監督/主演した西部劇。無法地帯アパルーサで町を牛耳る牧場主ブラッグを取り締まるために招かれたガンマンとその相棒。2人は腕を買われて町の保安官に就任するがそこに都会から未亡人が現れて…。
町の治安を守るため極悪非道の悪漢たちに立ち向かうガンマン二人の厚い男の友情。乾いた土地で繰り広げられる真昼の決闘…。お話自体はばっちりと気持ちいいぐらい本格・王道いってる西部劇です。出演者もなにげに豪華。益荒男的な映画も西部劇自体も嫌いではないし、なんてったってヴィゴですからもう文句なし!!!なんですけども大きなネックひとつ。
こういうマスキュリンなお話といえば花を添えるのがビッチなファムファタルか可憐だったり幸薄かったりする美女だったりするわけですが、それがレネーっていうのは………どうなのよ? コミカルなとこともある今回のキャラなので別に悪くはないといえばそうだけど、とても一瞬にして主要人物二人のハートをつかんでしまったり、風向き悪くなったらよろしい方へと渡り歩くような、女を売りにするようなキャラにはどうも見えないのよねぇ。。。親しみやすさと結構したたかなところのギャップが買われたのかもしれないけれど、当初のキャスティングで名前が挙がってたのがダイアン・レインだったという記事をどちらかで目にしたのですが、そっちの方がみてみたかったなあなんて思ったりして。すんません。
もしかしたら原作もそういう路線なのかもしれないけれどそんな女に振り回されるエド扮するコールがちょっとおまぬけにみえないこともなし。とはいえナレーションからして主役はヴィゴ扮する相棒のエヴェレットなんでしょうね。おいしいとこどりだし。
ランス・ヘンリクセンは久しぶりに見かけた気がするんですけど、一瞬わかんなかったよ。憎々しげな悪漢ブラッグに扮したジェレミーも○。
原題:APPALOOSA 監督:エド・ハリス 2008年製作
出演:ヴィゴ・モーテンセン、エド・ハリス、レネー・ゼルウィガー、ジェレミー・アイアンズ
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『クリスマス・ストーリー』

原題:Un conte de Noël(A Christmas Tale) 監督:アルノー・デプレシャン 2008年製作
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、マチュー・アマルリック、アンヌ・コンシニ、メルヴィル・プポー、キアラ・マストロヤンニ、イッポリート・ジラルド、エマニュエル・ドゥヴォス
ルーベの町に住むアベルとジュノンの夫婦。白血病に見舞われた幼い長男ジョゼフに骨髄移植手術を試みるも彼ら夫婦と娘エリザベートは不適合だったため、適合する骨髄を提供させられればともうひとり子どもをもうける。だがその子も胎児の時点で不適合が判明。結局ジョゼフは死亡し“役に立たない鬼っ子”として次男アンリが誕生。その後もうひとり三男が授かり30年の時が流れる。
息子と同様重い血液の病で倒れ、移植手術を受けなれば死に至るし、仮に移植が成功しても必ずしも全快する保証はないと宣告される母親ジュノン。孫子含めた親族全員が検査を受けた結果、適合する骨髄の持ち主はエリザベートの息子ポールとアンリだけ。だがエリザベートとアンリには確執があった。その5年ほど前、劇場経営に失敗したアンリは多額の借金を負ったが作家として成功したエリザベートが肩代わりする条件としてアンリとの家族の縁を切ることを宣言していたからだった。以来ほとんど疎遠な生活を送っていたアンリだったが母親の手術を控えた年末、久しぶりに一家はそろってクリスマスを迎えることになる。
観ていてなんとなく監督の前作『キングス&クイーン』と対になるような作品のようにも思いました。互いに思い合っているように見えた父と娘の関係が父親の死後に肉親同士のむき出しの感情があらわになるのが結構衝撃だったんですが、ここでのアベルとジュノンの夫婦一家というか特にエリザベスには最初からジョゼフを救えなかったアンリに対する絶望や裏切感というか負の感情があらわ。穏やかな表情の下にどうしようもない嫌悪の感情を押さえられないでいて破産の騒動ではついにアンリを家族の輪から”追放”する行動に出てしまうのだけれど、本当に家族の輪から離れていたのは彼女のほうだったのかもしれない。ジュノンの移植手術の件にしても大嫌いなアンリの骨髄が母の体内に入ることは絶対に嫌だとはいえ、なかなか実社会じゃうまく渡っていけない自分の息子が適合する骨髄を持っているだけで初めて他人の役に立てるとはわかっていても本当は息子の体にメスを入れることはしたくないという上から下に向かう縦の絆の愛。おそらくそれは、いくら自分が産み落とした子をおなかの中に戻すだけよ、と話して見せたジュノンがアンリから移植を受ける決意をしたときの動揺と同じものなんだろう。
物語の中で登場したキマイラの絵や家の地下にすむといわれている黒くて大きな犬は他者と融合できない異質なものやら得体の知れない恐れの象徴のように登場していたように思うけれど、家族だからこそ受け入れられない憎しみやらそれでも裏に見え隠れする慈しみの心もようが、姉弟をはじめとして、彼らの直系家族やそれぞれの家族、義理の親族らの間で揺らめきながら溶けほぐれていく様に惹かれました。
しかしこうしてみても役者さんが豪華絢爛。誰をとっても見応え十分でしたけども、そんなひょんな一家に自然に溶け込む風でいて、いい意味少し距離をとった孤高を保って家族をみつめてるアンリの恋人役に扮したエマニュエル・ドゥヴォス。登場時間はそんなに多くないんだけれどすごい存在感でした。

TAG : フランス映画
『アバター』

視覚的な話題もあるし、お話も大人から子どもまで楽しめるし、格好のお正月映画といえるでしょうー。
思えば『アビス』やら『T2』とか、常に技術的に新しい挑戦をやってきたといえるジェームズ・キャメロンの3D作品。今のところほとんど諸手をあげての絶賛といってもいい評価を得てる感じの本作ですけども、お話的にはノーマル。自然破壊に戦争に…エンドクレジットの曲はマイケル・ジャクソンを使ってもよかったんじゃないかと思ったり。でも“神様の木”が爆撃受けて倒される場面はつらかったな。
3Dは自分は六本木で見たんですけれども春先に新宿でU2の3Dものを見たときより違和感はなかったというか効果はてきめんだったように思います。なにより、どうやって作業してるんだろうねなんて話を昨日したばっかりなんだけど字幕まで飛び出して見えるのはびっくりした。でもやっぱりホントにその映像効果を実感できるのはアイマックスシアターなんかの巨大画面なんでしょうね。
あ、あのビデオデコーダーの記録を残すくだりは『エイリアン』でも「わたしはリプリー」とかやってたよなーとかオマージュっぽいのかしらともちらりと思ったりした。
@TOHOシネマズ六本木ヒルズ
TAG : アメリカ映画
『サガンー悲しみよ こんにちは』
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フランソワーズ・サガンの文壇デビューから晩年までを時系列で追った伝記もの。執筆活動よりも私生活を描くことで彼女の人となり、度胸がありそうに見えるけどもろくて、繊細でずぼらで、いろんなものが入り混じってそのどの壁にも触れていないようなアンニュイさでもって漂うように生きた人生が描かれます。
副題の世に名だたるベストセラー小説ももちろんセバーグ主演の映画すら未体験のくせに、サガン=「アンニュイ」という世のイメージだけでここまで来ているわたし。天才はいつの時代も凡人とはちと違う破天荒であったりエキセントリックなところはあるものなのかもしれないし(それとは表裏一体の普通の一面だってあるでしょうけど)、この映画はそういったところを切り取ってスポットを当てていることがわかってる作品なので、本作のみでその人の生き方をどうこういうつもりはないけれども、やっぱりちょっと「えー…?」と思うところがないわけではない。「薄さ」が気になるというか。
もともと暮らし向きは裕福だったのかもしれないけれど一夜にして時代の寵児となった彼女の苦悩であったり寂しさ、またはそれによって自ら振り切れてしまってた部分をもう少しいくつかのエピソード削ってでも丁寧に内側までなぞれればよかったのに、と。特に息子のエピソードなんかは、あれだけ望んで授かった息子との関わりあいをどうしてあそこまであっさりきっぱり断てたのかあまりに唐突で、あれでは身勝手と受け取られても…。
演じるシルヴィー・テステュのうまさもあって弱さでさえも魅力的なサガン像ではあったのだけれど、周りのキャラがいかにもたかりの取り巻きよろしくやな感じで、そう思わせるだけ演技としては成功してるのかもだけど好きに離れなかったなあ。唯一デザイナーの豪快なペギーを除いては。
結局のところなにを目的としが描きたかったのか、よくわからなかったかも。衣装や雰囲気はよいのだけれども。
@三軒茶屋中央
TAG : フランス映画


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