プラハの春を迎えるまでのとあるチェコのアパートに住む2組の家族に起こる出来事を当時の若者文化や普通の庶民の生活なども見せつつコミカルに描いた物語。 異なる思想を持っていて互いを認めようとしない頑固一徹のミハルとインドラの父親。子供に間違いを指摘されても決して認めず憎らしいくらいの頑固さ。でもみんなが西の製品に夢中になっているところでひとりだけ「東ドイツ製のプラスチック製品を世紀の大発明と家族の前で大演説をぶって奥さんのクリスマス・プレゼントに贈ったはいいけれどを、プラスチック製のスプーンは熱湯の温度に耐えられずどろどろに溶けてしまい面目丸つぶれというミハルの父親がなんかかわいい。信じていた共産主義の親玉ソ連が同盟を裏切って侵攻してきたことにショックを受けて首をつろうとするんだけれど、冒頭では恋に理解のない家族に八方塞のミハルが同じように玄関先の東屋で首吊りを計って大失敗してるんですよね。あの日常生活から主義主張まで面子がつぶれっぱなしになってしまったお父さんはその後どうなっていくのでしょう。のんびり母さんの尻に敷かれたバカボンパパみたいになっちゃうんだろうか。
チェコではかなり人気のあったこの映画だそうですが、端から見ていれば哀れでこっけいにも見えるそんなところが、笑い飛ばさないとやってられないとか、やっとそんな風に振り返れるだけの時間が経ったということなのでしょうか。その辺の現代史に疎い我々には少々わからないところもあるのですが、たとえばインドラの父親の兄貴が大戦のときに連合国側の英国空軍群として戦ったというのは観ていたときには?と思ったんですが、そういえば『プラハ 愛のコーリャ』のヤン・スヴィエラーク監督の『ダークブルー』はまさにそんな英国軍として戦ったパイロットの親友同士の話だったっけなーとあとから思い出した。
国際映画祭なんかに出品されるような映画というのは、ドメスティックな内容であっても多少のバックグラウンドがわかるような描き方してあったり、インターナショナルバージョンではわざわざインサートで注釈が入っていたりすることもあるけれど、特に海外に出すことを考えられていない基本的に地元のロードショーで大入りしているような映画というのは観に来る観客がわかっていることを前提に作られていると思うので、その地域を専門に勉強していたり知識がないとちょっと見ていて置いてきぼりを食わされるような感覚を持ってしまう。そういったハンデにもかかわらずお客が楽しめる作品というのは持っている映像の力やメッセージ性で補われるところなのかと思うけれど、この映画はどうでしょうね。。ユーモアあふれる場面やカルチャーギャップは楽しめたけれど、その大人気の所以まではちょっとわかんなかったかな。でもそのもう少し深いところを知ってみたくなるような映画でした。青年たちがなかなか目に優しかったし。
チェコ映画祭はもっといろんな映画観たかったなぁ、とちょっと後悔してます。
出てくる女の子とかネドヴェド顔だったし(笑)。やっぱ東欧系にはああいう感じが多いのだろうか?
原題:Pelisky 監督:ヤン・フジェバイク 1999年製作
出演:ミハル・ベラン、クリスティーナ・ノヴァーコヴァー、オンドジェイ・ブロウセク
@2005チェコ映画祭

