『最後の5日間』

 P・アドロンが映画監督として正式デビューする以前ミュンヘンのバイエルン放送に勤めていたころに撮った作品とのこと。同年フェアヘーフェン監督による『白バラは死なず』が撮影されていたことも当然知られていたので、別な切り口を探していたときにめぐり合ったのがゾフィーが刑務所に収監、処刑されるまでの5日間を同じ房ですごした女性の手記で本作品の基にしたのだそうです。
 その女性エルゼは共産主義の違法活動で逮捕され刑の判決を待つ傍ら刑務所の簿記係をこなしていたのですが、彼女以下刑務所の人々はみな 世間を騒がせていたビラ事件の有力な容疑者として連行されてきた兄妹の若さに驚きます。刑務所長も見張役もエルゼと同じように逮捕されながらも刑務所の雑務を手伝わされている人々も最初は若さゆえの同情で彼女の釈放を願っているのだけれど、やがて取り調べが進むうちに彼女の何者も恐れない、毅然とした態度に心を打たれ尊敬の念を抱きます。こんなに若い学生が、誰もが心に思っていたけれどナチスを恐れるあまりに決して口にはできない反政府的な言葉を訴えるなんて、と。実際に取り調べを行った捜査官でさえも。そしてすでに動かしようもない極刑を免れることを心から願うようになるのです。

 彼女がビラをまいたことを認め調書にサインを記したあとの週末、房に届けられる当時は貴重なバターやリンゴ。取調官からも差し入られた高級なお茶を粗末な食卓に並べて、食事係のおじいさんや青年を房に招いて迎える「最後の晩餐」。また食事のあと、こんな楽しい夜には芝居でも観たいという彼女のリクエストに応えて元役者だったの食事係おじいさんがひとり芝居を見せるヒトラー風刺劇。房のような人気のない場所でしかそんな行動をできない自分を恥じ入るかのように沈黙したあとに、「あなたは皆の希望だ。心から尊敬している」と語る場面に涙。それは正しいことをしただけなのにゾフィーは死の処分を受けることが定められている、そのことに対する残されたものたちの無念の涙。
 ナチスが行ってきたこと、それに対してあえて反対を訴えて行動をおこした人がいたとは知らなかった、なんてことは言わせないと端で見ている我々は思ってしまう。こうして知ってる人間だっていたじゃないか、って。もちろん『ヒトラー 最期の12日間』のユンゲさんなどのように「知らなかった。恥ずかしい」と口にする人たちは、ゾフィーたちのような人々がいたことを知ろうとせずにナチスを疑わずについていってしまったことを猛悔しているのだけれど。

 フェアヘーフェン監督の版と比べてこちらの作品は最後の5日間に焦点があわされていて、それは新作の『白バラの祈り』と同じなのだけれど、あちらが取調官との応酬を描くA面であるとするなら、房に戻ってエルゼと過ごした時間を描いたこの作品はゾフィーの宗教的な価値観からくる穏やかさや過去・夢が語られるB面ともいえるかもしれません。伝わってくる静かな暖かさとおじいさんのひとり芝居の場面にその後監督が撮ることになる『バグダッド・カフェ』をなんとなく思い出しました。

 エルゼの視点で描いてるこの作品はほかの2作とは違って処刑の場面まではみせません。でも物語の冒頭、最初の導入部がすばらしい。それは何もない雪原で輪になるゾフィー、ハンス、クリストフの姿。まるで天国で再会を果たしたかのような白バラの3人組の姿を捕らえる遠目のカメラはいかにもファンタジックで、『白バラは死なず』のいきなりギロチンで終わった映像の記憶もそのままにこの風景を見ると救いがあるような気がしてより印象的でした。

原題:Fuenf lezte Tage 監督:パーシー・アドロン 1982年製作
出演:レナ・シュトルツェ、イルム・ヘルマン、
白バラ映画祭にて
(2006.1.25〜1.27開催@東京ドイツ文化センター)
09:38 | O.T.ドイツ映画 | edit | page top↑