
1943年ミュンヘン大学において反政府の内容が書かれたビラをまいたとして秘密警察に連行されたハンスとゾフィーのショル兄妹の逮捕から処刑にいたるまでの5日間を、かつてソ連軍が保管し90年代に東ドイツで発見された当時のゾフィーへの尋問調書・記録を元に再現した意欲作。
のちに“白バラ”と呼ばれるヒトラー政権に対するレジスタンス運動を展開した学生たちの運動では多くの逮捕者や不当な裁判による処刑者を出しましたがゾフィーはその中でも唯一の女子学生。しかも彼女の役割は原稿を書いたなどではなく単にビラをまいたり切手を買ったというだけ。それで処刑です。ゾフィーと行動をともにした仲間は同じ裁判で裁かれた兄ハンスとクリストフ・プロープスト、のちに捕まるアレックス・シュモレル、ヴィリ・グラーフ、そしてミュンヘン大学教授のクルト・フーバーがいました。この映画に実際登場するのはショル兄妹とハンスが所持していた手書き原稿を書いたプロープストの3名です。
過去に撮られた2本の白バラ映画と比較するとこの作品は感情に訴えるだけでなく力強くスリリングなエンターテイメント性も兼ね備えていることが特徴。冒頭で描かれるミュンヘン大学でのビラまきから連行されるまでの場面は観客をぐいぐいと物語にひきこんでいきます。また過去に撮られた作品の時点では明らかになっていなかったモーア取調官の尋問場面のドラマも秀逸。最初はビラ作成にはかかわっていないと徹底的に関与を否定するゾフィーはモーアの激しい口調と対照的にきっぱりと冷静に否定を続け、その様子には手に汗握るほど。
兄ハンスが自分ひとりで罪をかぶろうとビラ作成を認めたことであと戻りはできない状況になり、彼女たちの運命が決定的に死に向かっているのはモーアも分かっていたわけですが、彼女に極刑を免れさせようとほかの仲間の名前を言えば刑を軽くしようと彼は持ちかける策に出ます。でもゾフィーは誘惑を拒み敢然と自分たちのしたことは間違っていない、間違っているのは何の罪もないユダヤ人や、精薄児を勝手に社会に不必要だと判断して『処分』する政権ではないのかと逆にモーアに畳み掛けます。その様子はあっぱれ。このJ・イェンチとA・ヘルトの火花が散らんばかりのやり取りの応酬は、その後で描かれる人民法廷場面でその名のとおりまさに恐怖の、というかすざまじい裁判長フライスラーとのやり取りも強烈だけどなんといっても一番の見所でしょう。
人並みではないその毅然とした態度の合間に見せる悲しみ、諦め、両親に対するすまないという思い、そして兄と二人で罪をかぶろうとしたのに幼い子供3人を抱えるプロープストが逮捕されたという報を受けたときの涙と処刑確定後の慟哭などには、彼女が正義のために自らの身を投げ打って殉教するような大人物ではなく、ごく普通の少女であったことも印象付けられますが、裁判が終わり死刑執行室へ向かう途中ふと空を見上げると日の光が輝いているシーンではじめて大きな存在となるような気がしました。繰り返しになるけれどイェンチ嬢は本当にすばらしい演技をしてました。
今回
『白バラは死なず』、
『最後の5日間』と観ることができた3本の白バラ映画の中ではもちろん一番最近の詳しい資料に基づいて作られたこの作品が最も事実に近いのかもしれないけれど白バラ映画の決定版になるかはわかりません。というのも最後の日々に焦点を絞ることによってその部分は詳細に知ることができてもある程度彼らがどのような活動をして、なぜあんな活動に身を投じるようになったのかバックグラウンドが分かっていないとついていけない話の流れもあるんじゃないのかとも思うし。でもそれはもっと知りたいと思ったらぜひ調べて、知ってほしいというメッセージでもあると思う。映画の後に行われたシンポジウムでローテムント監督が話していたことですが過去の歴史で国が行ったことに対して戦後に生まれた私たちに罪はないけれど、それを知る義務はあるのです。それはドイツの話だけじゃなくて日本も同じだものね。
原題:Sophie Scholl - Die Letzten Tage 監督:マルク・ローテムント 2005年製作
出演:ユリア・イェンチ、アレクサンダー・ヘルト、ファビアン・ヒンリヒス
白バラ映画祭にて
(2006.1.25〜1.27開催@東京ドイツ文化センター)
シンポジウムの簡単な話は
こちらにも